日本のプロ野球も MLB もシーズン最終盤。日本では、ドラフトの時期ですね⚾

157キロの高校生

世代ナンバーワン投手といわれる横浜高校の 織田翔希投手 が、先日の会見で、日本のプロ野球を経ずに アメリカで挑戦したい と発表しているのを見ました。最速157キロということで、本当に高校生とは思えないですね。ひと昔前?では、140キロでも十分速かったと思うんですが…。

会見は YouTube で見たんですが、どんな表情で会見するのかな、とちょっと興味があったんです。日本のプロ野球のドラフト候補が、ドラフト前に会見をすることはもちろんないので、特別な状況です。そして、やっぱりたまごの記憶に残っているのが、現在エンゼルス所属の 菊池雄星投手。2009年の、ちょうど今頃のことです。

2009年、菊池雄星投手の涙

当初 MLB 挑戦を視野に入れていた菊池投手ですが、最終的には日本でプレーすることを選びました。そのドラフト前の会見で、菊池投手は 涙を流していました。メジャー球団の関係者に対する申し訳なさや、チームメート・指導者と離れて進んでいく道への重圧などが、いっせいにこみあげて涙が流れた、というコメントを、あとから聞きました。

菊池投手はその後 MLB へ移籍し、合計4チームを渡り歩いて活躍しています。その菊池投手が書いた本『こうやって、僕は戦い続けてきた。』を、半年ほど前に読みました。

第一章は「自分軸で生きる」。そこで当時のことが振り返られていて、18歳の自分は周囲の反応や世間の目を気にしながら進路を決めてしまった、その選択の仕方に後悔がある、と書かれていたんです。

プロ入りしてからも苦労しながら、自分の夢である MLB 挑戦を果たした菊池投手。並大抵の精神力ではないと思うのですが、あの時の涙の中には、それだけの重圧があったんだなぁと。

📚 今回の本

菊池雄星『こうやって、僕は戦い続けてきた。「理想の自分」に近づくための77の習慣』(PHP研究所、2026年)。13万字を本人が書き上げた1冊です。

17年後の、晴れやかな会見

織田投手の会見は、晴れやか でした。まだ具体的な進路については言及されませんでしたが、アメリカで挑戦するんだ、という決意が感じられました。

菊池投手の会見から17年。日米の野球を取り巻く環境は大きく変わりました。日本の高校を卒業後にアメリカの大学に進学したり、MLB のチームとマイナー契約をしたりする例は、菊池投手の頃とは比べものにならないほど身近になっているのでは、と思います。

それでも、ネット上のコメントには「日本のプロ野球で実力をつけてから渡米した方がいい」「今のままでは厳しい」といった意見も散見されました(もちろん、応援コメントもたくさんありました!)。それで成功できるのか。それは誰にも分かりませんよね。もちろん順調に活躍してメジャーデビューを目指してほしいと思いますが、どんな結果になっても、それを後悔することは最終的にはないんじゃないかな、と思います。


もう片方の人生は、選べない

たまごは、40歳で渡米しました(レベルの違う話ですみません笑)。日本に40年暮らしてきたあとに異国の地で暮らすというのは、やっぱり大変でしたし、今でも苦労はあります。でも、それも人生、としか言いようがないですね。もう片方の人生は、選べないので。

周りの意見を聞いたりしても、自分と全く同じ境遇の人というのはいない。どうこう言われても、結局は 自分軸で判断していくしかない、ということなんだと思います。

織田投手の活躍が、楽しみです🥚

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