人生の中で、自分でコントロールできることと、自分ではコントロールできないことって、ありますよね。日々の暮らしの中で自分に起こることもそうだし、📖 子育ての中でも、しょっちゅうそれを感じます🥚

アメリカの子育ては、車と「見守り」がセット

アメリカでは、子どもが徒歩や自転車で自分で行ける範囲の習いごとって、ほとんどないんですよね。基本は 車での送り迎え が前提。そうすると、送るだけでなく、やっている間も自然と 見ている ことになります。

で、見ていると、つい思うんです。「なんでこうしないのかなぁ」「もっとこうすればいいのに」って。気分が乗らないのか、思い切りが足りないのか──。

長男の野球、片道1時間半の週末

たまご家の長男は野球をやっているので、普段の練習の送り迎えはもちろん、週末の試合となると 片道1時間、1時間半 と車を走らせて、1〜2試合こなす、という日もあります。それだけの距離になると、途中で帰るわけにもいかず、ずっと見ていることになります。

たまご自身が野球をやっているわけではないですし、正直けっこうな時間になるんですが(笑)、素人なりに、「こうすればいいんじゃないか」なんてことは、やっぱり思うわけです。特に結果がよくなかったときなんかは。

でも、本人の顔を見ると、なんとなく どんな気持ちでいるか、わかる んですよね。そして──「こうした方がいい」「ああした方がいい」なんてことは、自分の子どもの頃を思い出してみると、そんなときに言われても、まず耳に入らない。だから、ぐっと飲み込むわけです。

「どうしようもないこと」が増えると、しんどい

そうやって 自分ではどうしようもないこと が増えてくると、正直けっこうしんどくなります。相手(子ども)の気持ちも成長も、こちらの思い通りにはならない。当たり前なんですけどね。

その一方で──自分でなんとかできることは、多少しんどくても「まだコントロールできている」という感覚がある。この違いは、意外と大きい気がします。


自分で律せること ― 朝の英語と、夜のランニング

たまごが日常で続けているのが、朝のオンライン英会話📖 ジムでのランニング です。

朝の英語はもうすっかり慣れましたが、ランニングはやっぱり、けっこうきつい(笑)。ただ、それは 「自分でコントロールできるからこそのきつさ」 なんですよね。走っている最中、「今日はちょっと○○で疲れてるから、これくらいでよしにしようか」なんて考えが、しょっちゅうよぎるわけです。

しかも正直に言えば、40代半ばにもなって、これから記録を上げていけるのか… という気持ちもあります。若い頃のようにはいかないし、体力の限界みたいなものも、うっすら感じる。それでも、ちょっとずつでも、決めた分をなんとかこなす。限界を感じつつも、粘る。

決めた分をやり切れたとき、じんわりと 充実感 のようなものが湧いてくる。それはたぶん、「自分でコントロールできたこと」の手ごたえ なんだと思います。しんどさの向こう側に、それがあるんですよね。

子どもの成長と、自分を見つめ直すこと

子育てをしていると、「子どもが成功するとうれしい」という感覚は、もちろん日々あります。それはかけがえのない喜びです。

でも、子どもが少しずつ大きくなって、こちらの手を離れていくにつれて、その喜びだけに寄りかからず、自分自身を見つめ直すことも必要かな、と最近思うようになりました。子どもの人生は子どものもの。だからこそ、親も親で、自分の手の中にあることを、しんどくても少しずつ積み重ねていく。

そんな思いで、日々過ごしています🏃

← MLBドラフトとNC大学野球 一覧に戻る 次の記事 →